諸工伝習所跡記念碑 陸軍砲兵工科 工科学校跡
戦跡「東京砲兵工廠」遺構には、幕末から昭和初期にかけての近代化産業遺産としての価値もあります。礫川公園も「東京砲兵工廠」跡地の一部ですが、ここは近代兵器製造技術教育の発祥の地で、それを伝える記念碑『諸工伝習所跡記念碑 陸軍砲兵工科 工科学校跡』があります。そこには「明治五年七月十五日政府は佛国砲兵大尉ジョルジュ・ルボンを招聘しここに諸工伝習所を創立」と刻まれています。
諸工とは火工、鉄工、木工。ジョルジュ・ルボンは砲兵技術将校で、銃と弾薬の製造技術を教授し、製造工場を建設し、国産銃の開発に貢献しました。この地に住まい、旧水戸藩邸の庭園・小石川後楽園の保存を提唱したそうです。
その「ルボン家資料」が東京大学史料編纂所図書室に保管されています。工廠建設の設計図類、水力・生産技術関連図など造兵学の基礎確立と発展を映す貴重な資料です。
「ルボン家資料」と同じく「東京砲兵工廠」遺構の方も保全し、産業近代化の過程や地域産業史の考察に役立てたいものです。
そして、「東京砲兵工廠」の前身は、幕末から明治維新期にあった「関口大砲製造所」という江戸幕府営の大砲製造施設でした。現在の関口1丁目47番(江戸川橋ビル)周辺で、そこは、いたくら美千代区議とサポーターズの街頭宣伝でおなじみの場所です。軍拡の発端となった地で、歴史を繰り返さないよう反戦平和を訴える、この巡りあわせ。「軍拡より暮らしに予算を!」「憲法9条いかし平和外交を!」、声に力が入ります。
目白台・坂本尚子

