【主な経歴】
■1958年北海道出身■三菱銀行(現三菱UFJ)勤務/書店経営■区議5期/厚生副委員長歴任/防災・まちづくり対策委員■放送大学教養学部卒■趣味:スポーツ観戦■家族:妻と子供2人
コロナ危機 現場の声をしっかり届け、区政を動かす 新型コロナ感染症が猛威を振るい始めたとき、誰よりも早く中小業者の命綱となるコロナ対策・借換融資の創設を提案し、実現に尽力。 銀行員時代、大企業が優遇される一方で、中小業者が泣かされている姿を目の当たりにしたことが、正保議員を衝き動かします。
「家賃が払えず、立ち退きを迫られ、生きるか死ぬかの瀬戸際」- コロナ禍で減収に苦しむ中小業者とともに江東区に緊急支援を訴え、都内初の事務所・店舗への家賃給付金を実現、2159事業者が受給しました。
北海道の農家で4人兄弟の次男として生まれました。小学5年の冬、父親が事故で身体障害者となり、親子7人の生活がどん底に。高校生の兄が建築現場で、中学生の正保さんは母と道路の芝はりのアルバイトをして家計を助けました。
そのような中でも、中学・高校と野球部の主将をつとめ、英語暗唱の学校代表や、弁論大会に出場するなど努力しました。
高校を卒業して都市銀行に就職。そこで、大企業が優遇される一方、貸し渋りや貸しはがしなど弱い立場の中小業者が泣かされている姿を目の当たりにしました。「病気の一つや二つないヤツは働きが足りない」などとサービス残業は当たり前。ものが言えない職場を変えたいと組合役員選挙に立候補しました。
銀行の中にも、働く人の権利を守ろうとする共産党員がいました。侵略戦争に命がけで反対した唯一の政党の存在を知り、「勇気ある人間になりたい」と21歳で共産党に入党。東京から大阪への配転命令が出され、出産後も銀行で働き続ける妻を「連れていくのが男の役割」、「仕事をやめさせろ」という銀行幹部に、3カ月で東京への再配転を認めさせました。12年間の勤務後、書店を経営。中小業者の気持ちが身にしみて分かります。
25年前から生活相談センターを開設し、くらしの相談活動を続けています。「困ったことがあったら正保さんのところへ」との声が聞かれます。区議として5期20年。これからも世のため人のためにトコトン働きます。