飯田さんを偲んで

10月23日、ホテルシーサイドで飯田陳也氏のお別れ会が行われ参加し、飯田さんの成し遂げた業績をたたえ、在りし日の思い出を語りあいました。飯田さんは今年の4月11日にご逝去されました。あらためてお悔やみ申し上げますとともに、ご家族の皆様がお元気に過ごされることをのぞみます。飯田さんの大きな業績は、きっと語り継がれていくことでしょう。飯田さんの命がけのとりくみは、次の二つです。

1,オリンピック・カヌースラローム競技場の設置場所を葛西臨海公園から隣接の都有地移転を実現。(2014年6月)

2,葛西海浜公園、葛西沖・三枚州をラムサール条約湿地に登録(2018年10月)

私が議員になってから、飯田さんからレクチャーをうけ、自然破壊をさせてはならない、ラムサール条約登録に命を懸けているという話を聞きながら、議会で質問しました。特に、カヌースラローム競技場は、葛西臨海公園内に建設予定に驚くとともに、競技人口が少ないために、いわゆるレガシー、オリンピック後、使いこなせるか疑問があり、仮設施設でもいいのではという飯田さんの考えを受け止めて、議会でも質問しました。オリンピックに莫大な費用を投入するのも大きな問題でした。覚えている範囲で、競技場建設に72億円、臨時観客席に8億円。

となりの都有地に移転するとしたものの、今度は、少年野球場として活用していた臨海競技場がなくなるという新たな問題も生じ、子どもたちのために代替地を求めて議会質問をしました。当時、河野ゆりえ都議も文書質問をするなど、新たな問題にも対応を求めました。結果としては、臨海球技場はなくなり、代替地は荒川河川敷の少年野球場で不十分な状況のままとなりました。

飯田さんのすばらしい活躍を思い出しながら、私のこの10年の取り組みを思い出した偲ぶ会でした。飯田さん作成の、大橋事務所にあった当初のカヌースラローム競技場予定地の写真パネルをもっていって参加者に見ていただきました。